腰までワンレングスでたっぷりなきゃ 駄目、 だ。
まだたりない。まだたりない。まだたりない。まだたりない。僕の髪の毛。
埋もれるように。渦巻くように。もっと長く、もっと多くなきゃ駄目なんだ。
駄目なんだ。
ふわふわしててもいい、色は黒だってかまわない、だけど。
なきゃ、いけないもの、これは。
僕の手に腕に咽喉に消えない傷がたくさんたくさん積み重なって心がどれだけ壊れて血がどれだけ流れ続けても、これだけは残しておかなきゃいけない。
だって、これは、時間、だから。
なんか情緒不安定になってきたけど、がんばんないとね。
あとすこし。
あとすこしだ。
あとすこしで、ほんとうに、やすめる。
あとすこししたら、ねむろう。
死をめぐる夢想は、いつまで経っても消えない。
すぐそこに、いる。
まだ俺は、死神の静かなふところのなか。
にどとめがさめないのは、こわい。
だれにもあえなくなるのは、こわい。
おれがきえるのは、こわい。
だけど、
体も心も
もう二度と取り返しのつかないほど壊れてしまえばいい。
二度と愛するあのたそがれがこなくなればいい。
二度と地獄から出られなくなれればいい。
俺が首をつったらほんとに泣くって涙目でゆっていたあの子には
俺が溺死しただなんて知らせは届くことはない。
おれは、誰かにとめてもらいたいんだろうか。
最後のさよならの前に、幸村に会いたがるだろうか。
最後のさよならの前に、もう一度はいちゃんに会いに行くだろうか。
最後のさよならの前に、もとさんを抱きしめにいくだろうか。
最後のさよならの前に、兄様の顔をみにいくだろうか。
さよならってことばはきらいだ。もう次がないに違いないから。
おれは、最期、看取られたいんだろう。
やさしいふところで。
ああ、でもだめだ、香港までいかなきゃ、父様にあの娘のことを頼みにいかなきゃ。
俺がいなくなっても、あのこたちがちゃんとあるいていけるようにしなきゃいけないんだ。
「此処が地獄でも天国があればいい」そうでしょう、ボルヘス師匠。
ねえ、いつまでも此処にいるだなんて思わないで。
俺なんて死んでしまえばいいんだ。
こころの、おくは、凍り付いて。
俺のはんぶんは、いつも、せせら笑う蛇に他ならない。
あれほどたくさん愛する物を持ちながら、
俺はいつも生を手放すことばかり考えている。
死ぬのは、簡単だ。
ほとんど手のひらの中に、命は納まる。
そう思うと手が震えてくる。
狼狽のうちに、手のひらから命がこぼれていく。
俺は歌いながら、大量の薬を飲み干す。
口の中がつまらないから、チョコレートと一緒に。
甘くておいしいちょこれーと、飲んでおいしいちょこれーと。
くそむかつくドクターは、もうこれ以上きつい薬は存在しないのだとか
長い間飲んで、心を整えていかなければいけないのだとかいって
俺はレポートでずうっとかいてきたそんなことを他人から言われて
腹をたてた。
診察室ではいつも冷静で、いつもうそつきで、
でも半ば真剣なのは復讐に苛立ってるから。
四年前、俺は自分と人間を完膚なきまでに殺そうと決意した。
片時も、忘れたことはなかった。
何一つ残らないまでに、殺し、壊しきると。
そしてそれはちゃんと達成されて、
今俺は精神的には、ほとんど絶望しきって、死んでいる。
人間に関しては、もう余りにも遠くなった。
歯牙にもかけないでいるのは、高慢だが、俺なりの優しさの実践だ。
一年ちかく前、本当に愛する物を見つけた。
人類有史から続く、知と美の妙なる営みが、それだった。
おれは、人間を殺して、そして、新たに愛した。
天を目指して作られ続ける塔。
無限の好奇心を罰する神など、いるものか。
その塔に施される意匠を嘲笑えるものなど、ゆるすものか。
俺には愛がある。
そして、憎悪と憤怒と孤独がある。
あと、もうだいぶ、存在していくことに疲れた。
最近は頻繁に、自分が逸脱していることを感じる。
手の空いているうちに、きちんと遺言書を書いておかねばならない。
それが法的に有効になるかどうかを調べる気力はないけれども、
俺が愛でたものを、愛でたひとに託して、
ああ、それで俺は、散逸して、忘れ去られて、死ぬのか。
足掻いても、生は儚いなぁ。
そうおもうと、なんだか腑抜けたように、かなしい顔をして、わらえる。
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